2023年5月28日のTBS系列『THEプラチナリスト』で放送された 甲子園ホームラン王 歴代40年の人生追跡結果を紹介します!
世界一の大谷翔平選手や史上最年少の三冠王に輝いた村上 宗隆も達成できなかった、夏の甲子園ホームラン王のその後とは?
この記事では、『THEプラチナリスト』で放送された 甲子園ホームラン王 歴代40年の人生追跡結果をまとめます。
以前放送された甲子園優勝投手は、こちらでまとめています↓
- 夏の甲子園ホームラン王 40年の歴代選手
- 2022年 高松商業 浅野翔吾→プロ(巨人)
- 2021年 智弁学園 前川右京→プロ(阪神)
- 2020年 コロナで中止
- 2019年 履正社 井上広大→プロ(阪神)
- 2018年 大阪桐蔭 藤原恭大→プロ(ロッテ)
- 2017年 広陵 中村奨成→プロ(広島)
- 2016年 作新学院 入江大生→明治大学→プロ(DeNA)
- 2015年 仙台育英 平沢大河→プロ(ロッテ)・九国大附 山本武白志→プロ(横浜)
- 2014年 敦賀気比 御簗翔→プロ以外
- 2013年 大阪桐蔭 森友哉→プロ(西武)ほか
- 2012年 光星学院 北條史也→プロ(阪神タイガース)
- 2011年 取材NG
- 2010年 北大津 村井昇汰→プロ以外
- 2009年 中京大中京 磯村嘉孝→プロ(広島)
- 2008年 大阪桐蔭 萩原圭悟→プロ以外・横浜高校 筒香嘉智→プロ
- 2007年 佐賀北 副島史→プロ以外
- 2006年 智弁和歌山 廣井亮介→プロ以外
- 2005年 大阪桐蔭 平田良介→プロ(中日)
- 2004年 済美 鵜久森淳志→プロ(日本ハム)
- 2003年 該当者なし
- 2002年 明徳義塾 森岡良介→プロ(中日)
- 2001年 連絡つかず
- 2000年 智弁和歌山 後藤仁→プロ以外
- 1999年 智弁和歌山 久米圭吾→プロ以外
- 1998年 九州学院 吉本亮→プロ(ダイエー)
- 1997年 豊田大谷 古木克明→プロ(横浜)
- 1996年 松山商業 渡部信一郎→プロ以外
- 1995年 PL学園 福留孝介→プロ(中日)
- 1994年 水戸商業 大川健次→プロ以外
- 1993年 連絡つかず
- 1992年 尽誠学園 中道大輔→プロ以外
- 1991年 鹿児島実業 味園博和→プロ以外
- 1990年 宇部商業 松本謙吾→プロ以外 ほか
- 1989年 上宮 元木大介→プロ(巨人)ほか
- 1988年 福岡第一 山之内健一→プロ(ダイエー)
- 1987年 PL学園 立浪和義→プロ(中日)ほか
- 1986年 該当者なし
- 1985年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
- 1984年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
- 1983年 PL学園 桑田真澄→プロ(巨人)ほか
- まとめ
夏の甲子園ホームラン王 40年の歴代選手
夏の甲子園ホームラン王40年の歴代選手を紹介!
2022年 高松商業 浅野翔吾→プロ(巨人)
2022年 高松商業 浅野翔吾→プロ(巨人)
ドラフト1位で巨人へ入団。
契約金1億円+出来高5000万円でした。
この年は鶴岡東 土屋奏人選手(→東北福祉大学) もホームラン王でした。
2021年 智弁学園 前川右京→プロ(阪神)
2021年 智弁学園 前川右京→プロ(阪神)
ドラフト4位で阪神へ。
この年は全体で5人の選手(うち3選手がプロ入り)がホームラン王でした。
2020年 コロナで中止
2020年 コロナで中止のため該当者なし。
2019年 履正社 井上広大→プロ(阪神)
2019年 履正社 井上広大→プロ(阪神)
佐々木朗希投手の世代です。
井上選手はドラフト2位で阪神タイガースに入団!
今シーズンは一軍でも活躍しています。
2018年 大阪桐蔭 藤原恭大→プロ(ロッテ)
2018年 大阪桐蔭 藤原恭大→プロ(ロッテ)
この年準優勝した金足農業の吉田輝星(現日本ハム)投手が話題となりました。
藤原選手はドラフト1位でロッテに入団し、チームの主力選手として活躍中です。
このほかに、大阪桐蔭の根尾昂選手もホームラン王に輝き、ドラフト1位で中日に入団しました。
2017年 広陵 中村奨成→プロ(広島)
2017年 広陵 中村奨成→プロ(広島)
日本球界の顔・村上宗隆選手と同じ年です。(九州学院。高3夏は熊本予選敗退。)
中村選手は清原和博選手を超える1大会歴代最多6本のホームランを打ちました。
ドラフト1位で広島に入団しました。
2016年 作新学院 入江大生→明治大学→プロ(DeNA)
2016年 作新学院 入江大生→明治大学→プロ(DeNA)
明治大学を経て、ドラフト1位でDeNAに入団しました。
高校当時は現在西武の今井達也投手がエースで、入江選手が4番バッターだったそうです。
現在はDeNAでピッチャーとして活躍中です。
WBC日本代表の牧秀悟選手(高3夏は長野予選敗退)、山本由伸投手(高3夏は宮崎予選敗退)と同じ世代です。
2015年 仙台育英 平沢大河→プロ(ロッテ)・九国大附 山本武白志→プロ(横浜)
2015年 仙台育英 平沢大河→プロ(ロッテ)
現在もロッテ1軍で活躍中です。
この年はもう一人、九州国際大附属の山本武白志(むさし)選手もホームラン王に輝きました。
現在は沖縄のゴルフ場でキャディとして働いているそうです。
巨人で活躍した山本巧児選手がお父さんでした。
心臓の病で入退院を繰り返す父のために、甲子園に挑みました。
ホームラン王に輝き、ドラフト2位で横浜ベイスターズへ入団。
半年後に父は他界。
プロでは3年活躍し、その後ゴルフ選手に挑戦しているそうです。
2014年 敦賀気比 御簗翔→プロ以外
2014年 敦賀気比 御簗翔(おやなしょう)→関東学院大→社会人野球→会社員
この年は5人がホームラン王でしたが、プロ入りは0でした。
2013年 大阪桐蔭 森友哉→プロ(西武)ほか
2013年のホームラン王は、大阪桐蔭 森友哉→プロ(西武ドラフト1位、現オリックス)、常総学院 内田靖人→楽天ドラフト2位→社会人の2人のほかに…
2013年 前橋育英 田村駿人(はやと)→プロ以外(プロレスラー)
この年優勝した前橋育英高校の決勝でホームランを打ちました。
現在はプロレスラー(プロレス団体GLEAT)の道へ進んでいます。
2012年 光星学院 北條史也→プロ(阪神タイガース)
2012年 光星学院 北條史也→プロ(阪神タイガース)
ドラフト2位で阪神へ。
大谷翔平選手(花巻東高校)と同じ世代です。
大谷選手は惜しくも夏の甲子園出場を逃してしまいました。
2011年 取材NG
2011年 取材NG
2010年 北大津 村井昇汰→プロ以外
2010年 北大津 村井昇汰→九州共立大学→社会人野球(Honda)→建設会社 中村組
2年生でホームラン王に!
バイクの暴走事件で少年鑑別所へ行くことになり、3年の高校野球出場停止となり活躍できませんでした。
北大津の監督の計らいで大学へ進学し、野球を続けましたが、プロは断念。
現在は地元の建設会社で事業部長を務めています。
このほかに2名のホームラン王がいましたが、1名がプロへ進みました。
この年はWBC日本代表の山田哲人選手(履正社)も出場し、1本のホームランを打っていました。
2009年 中京大中京 磯村嘉孝→プロ(広島)
2009年 中京大中京 磯村嘉孝→プロ(広島)
2年生でホームラン王に!
ドラフト5位で広島へ。
この年は3人のホームラン王がいましたが、プロへ進んだのは磯村選手のみでした。
この年WBCで活躍した吉田正尚選手(敦賀気比)が高1夏に甲子園に出場しています。
2008年 大阪桐蔭 萩原圭悟→プロ以外・横浜高校 筒香嘉智→プロ
2008年 大阪桐蔭 萩原圭悟→関西学院大学→社会人野球→事務員
社会人野球で無理なトレーニングで怪我をしてしまい、野球を断念。
現在は税理士を目指して税理士事務所に勤めています。
この年は、横浜高校だった現メジャーリーガーの筒香嘉智選手もホームラン王でした。
2007年 佐賀北 副島史→プロ以外
2007年 佐賀北 副島史→福岡大学→銀行→野球部監督(佐賀 高志館高校)
佐賀北高校が優勝した年です。
2006年 智弁和歌山 廣井亮介→プロ以外
2006年 智弁和歌山 廣井亮介→関西国際大学→社会人野球→ゴムメーカー営業
大会記録まであと1本のホームラン4本を打ちました。
田中将大投手と斎藤佑樹投手が決勝で対戦した年でした。
2005年 大阪桐蔭 平田良介→プロ(中日)
2005年 大阪桐蔭 平田良介→プロ(中日)
ドラフト1位で中日へ。
プロで17年活躍後、昨年引退しました。
2004年 済美 鵜久森淳志→プロ(日本ハム)
2004年 済美 鵜久森(うぐもり)淳志→プロ(日本ハム)
ダルビッシュ有選手(東北高校)と同じ年にドラフト8位で日本ハムへ。
プロ14年でホームラン11本を打ちました。
現在はソニー生命保険に勤めています。
2003年 該当者なし
2003年 該当者なし
2002年 明徳義塾 森岡良介→プロ(中日)
2002年 明徳義塾 森岡良介→プロ(中日)
明徳義塾を悲願の全国制覇に導いた主将でした。
ドラフト1位で中日へ。
その後ヤクルトへ移籍しリーグ優勝に貢献しました。
現在はコーチをつとめています。
このほかに4人のホームラン王がいましたが、プロへ進みませんでした。
2001年 連絡つかず
2001年 連絡つかず
2000年 智弁和歌山 後藤仁→プロ以外
2000年 智弁和歌山 後藤仁→会社員
現在は和歌山で医療機器の会社で係長代理として働いています。
1999年 智弁和歌山 久米圭吾→プロ以外
1999年 智弁和歌山 久米圭吾→龍谷大学→社会人野球→会社員
大学でもプロを目指しましたが、プロには届かず。
社会人野球の引退試合では、ホームランを打ったそうです。
現在は息子さんも所属する宝塚の少年野球チームでヘッドコーチとして教えています。
宝塚リトルリーグは昨年全国一に輝いています。
長男は野球の名門・報徳学園に入学してるそうです。
1998年 九州学院 吉本亮→プロ(ダイエー)
1998年 九州学院 吉本亮→プロ(ダイエー)
松坂大輔世代です。
吉本亮選手はドラフト1位でダイエーに入団し、現在はソフトバンクホークスの一軍打撃コーチを務めています。
このほかに3人のホームラン王がいましたが、プロ入りはしていません。
1997年 豊田大谷 古木克明→プロ(横浜)
1997年 豊田大谷 古木克明→プロ(横浜)
2003年にはホームラン22本を打ち、4番バッターとして活躍しました。
ところがホームランを意識しすぎて自滅。
10年でプロを辞め、格闘家にも挑戦しましたが、現在は野球をモチーフにしたアパレルブランドを立ち上げ、ネット販売しているそうです。
1996年 松山商業 渡部信一郎→プロ以外
1996年 松山商業 渡部信一郎→駒沢大学(中退)→社会人野球→会社員
現在は地元松山で働きながら、子供達に野球を教えているそうです。
1995年 PL学園 福留孝介→プロ(中日)
1995年 PL学園 福留孝介→日本生命→プロ(中日)
PL学園では1年生の時から4番でした。
ドラフト1位で中日に入団。
MLB侍ジャパンでも見事なホームランを見せてくれました。
昨年惜しまれながらプロ引退しましたが、通算327本のホームランを打ちました。
1994年 水戸商業 大川健次→プロ以外
1994年 水戸商業 大川健次→中央大→茨城水城高校 野球部部長
現在は茨城の水城高校で野球を教えています。
1993年 連絡つかず
1993年 連絡つかず
1992年 尽誠学園 中道大輔→プロ以外
1992年 尽誠学園 中道大輔→九州産業大学→建設会社
松井秀喜選手と同じ年ですが、松井選手よりもホームランを打ちました。
プロ入りはせず、現在は土木関係の仕事をしているそうです。
1991年 鹿児島実業 味園博和→プロ以外
1991年 鹿児島実業 味園博和→専修大学→社会人野球→ロッテブルペン捕手
ロッテ佐々木郎希投手らを影で支えるブルペン捕手となっていました。
1990年 宇部商業 松本謙吾→プロ以外 ほか
1990年 宇部商業 松本謙吾→立正大→会社員→小学校教師
イチロー選手が2年生で甲子園に出場した年です。
松本選手は怪我でプロを断念し、現在は小学校の先生になったそうです。
きっかけは子供の不登校でした。
通信で教員免許を取り、先生に!
2013年その息子さんが早稲田実業で甲子園に出場しました。
この年は鹿児島実業 内之倉隆志選手もホームラン王でしたが、ドラフト2位でダイエーへ。
1989年 上宮 元木大介→プロ(巨人)ほか
1989年 上宮 元木大介→プロ(巨人)
甲子園で3ホームランを打ちました。
その後プレースタイルを変え、活躍しました。
現在は巨人でコーチを務めています。
この年同じくホームラン王になった帝京 吉岡雄二さんも、ドラフト3位で巨人へ。
1988年 福岡第一 山之内健一→プロ(ダイエー)
1988年 福岡第一 山之内健一→プロ(ダイエー)
ドラフト5位でダイエーへ。
高校時120kgあった体重を落とし、バッティングに苦しみ、わずか5年で引退しました。
わずか5年で現役を引退し、現在は鹿児島 鹿屋市でもつ鍋ばーすを営んでいます。
カラオケ大会でレコード会社からスカウトされ、CDデビューも果たしています。
1987年 PL学園 立浪和義→プロ(中日)ほか
1987年 PL学園 立浪和義→プロ(中日)
ドラフト1位で中日へ入団。
現在中日ドラゴンズの監督を務めています。
この年はこのほかに3人がホームラン王でした。
1986年 該当者なし
1986年 該当者なし
1985年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
1985年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
1年で4番バッターに。
甲子園歴代通算1位(13本)のホームランを打ちました。
ドラフト1位で西武に入団。
プロ通算525本、歴代5位のホームランを打ちました。
1984年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
1984年 PL学園 清原和博→プロ(西武)
この年は3本のホームランを打ちました。
二年連続のホームラン王でした。
1983年 PL学園 桑田真澄→プロ(巨人)ほか
1983年 PL学園 桑田真澄→プロ(巨人)
投手としてもエースでしたが、バッティングセンスも一流でした。
ドラフト1位で巨人に入団し、エースとして活躍!
ピッツバーグパイレーツでも活躍し、プロ通算173勝をあげ、2008年に引退。
準決勝では池田高校の水野雄仁投手(のちに巨人へ)からもホームランを打ちました。
ライバルの清原選手が翌年ホームラン王になったことについて聞くと、「悔しい気持ちは全くない。彼が打ってくれて助かった。」と言っていました。
当時大阪大会で5連投、甲子園で4連投しないと優勝できなかった時代で、意識朦朧としてマウンドに立っていた桑田投手。
桑田投手が点を取られた時、清原選手が駆け寄ってきて「桑田、大丈夫や。俺がホームラン打って点取るから。頑張ってくれ。」と励ましてもらいながら、プレーしていたそうです。
まとめ
『THEプラチナリスト』で放送された 甲子園ホームラン王 歴代40年の人生追跡結果を紹介しました。
甲子園に出場した選手のうち、約1.8%しかプロ入りしていませんが、ホームランを打った選手に絞ると、15%の選手がプロ入りしているそうです。
野球ファン必見!プロ野球選手総選挙はこちらでまとめています↓